アヌンナキ(車輪、十六花紋)
アヌンナキという言葉は、成人してから知ったのですが、似た言葉で、アンヌキという言葉は知っていました。 これは抜天(バッテン、天逆矛、反発、否定)という事でもあります。 そして、大海(大宇宙)から小天(小宇宙)を貫いているのが人なわけです。 貫いているものそのものは、...
日本(ヤマト)の方向性
縄文時代、争いのなかった平和な縄文人の精神と英知を学びます。
世界文明の起源である日本の古代より伝わる真理を学び
争いの元となる隷属の観念から離脱し、真の自律を調和の中に
見出す。
経済優先の唯物主義を手放したところにある「目に映らないもの」に気付き、調和を尊ぶ日本社会実現を共に目指しませんか?
アヌンナキという言葉は、成人してから知ったのですが、似た言葉で、アンヌキという言葉は知っていました。 これは抜天(バッテン、天逆矛、反発、否定)という事でもあります。 そして、大海(大宇宙)から小天(小宇宙)を貫いているのが人なわけです。 貫いているものそのものは、...
天照大神は、葦原中原に、天雅彦(アメノワカヒコ)を使わしになるのですが、大国主(大狗奴主)の娘(熊女)に熱をあげて、八年も音沙汰無しでした。 それで、稚名鳴女(キザシナナキメ)が使わされる事と成るのですが、天探女(アメノサグメ)の告げ口により、稚名鳴女が来る事を知った天稚彦...
高砂や この浦舟に帆を上げて 月もろ共に出汐の 波の淡路の島影や 遠く鳴尾の沖こえて はや住の江につきにけり はや住の江につきにけり 熊本の阿蘇の神官が、兵庫の高砂に舟で渡った、世阿弥の能楽ですが、これは、古今集の仮名序を元としています。 かくしつつ よをやつくさむ...
諸葛亮孔明には、三国志にみる大胆不敵な軍師というイメージより、実際に感じますのは、質素で謙虚で、ショー的でない、コツコツと政事をする日本的なイメージでありますのは、贅沢を恥とし、下士の人が貰うような給金と、僅かな土地の暮らしが真実だったからです。...
飼い犬との散歩道、キバナコスモスが風にそよいでいます。 来年こそは、ここにヒマワリが咲けと、いくら願いましても、叶わぬ夢である事は、ここから遠い茅草でも知っています。 ところが、なぜに、人は、叶わぬ夢ばかりを申すのでしょう。...
権力闘争のために、自らが死なないためには、他を粛清せねばならず、善良な心の持ち主であれば気が狂う、そのような状況下で建国された国ならば、為政者は、自らも権力の座から落ちる怖さから、内には、やはり粛清と弾圧改宗の恐怖政治、外には権力の強大さを見せつけるための、覇権侵略の行動を...
イザナギ、イザナミ、倭も実は委(イ)ですが、伊勢や出雲など、古代日本の中心地はイです。 いの一番の、イ呂波から始まる現れの宇宙開闢も、イィギィという、噛みしめの〆(占め、締め)がなければなりません。 日本人は、正月の発会式などでも、一本締め(三本締め)をいたしますが、それは...
古代ポリネシア語では、神をサと発声するそうですが、こちらでは、サクラ(桜)は、神の住まいと伝わります。 サカキ、サカヅ(ズ)キ、サクヤ、サマ、サチ、サカイ、サシキ、サカナ、サー(シャー)も、今では別の意味で使われるものもありますが、神由来の言葉です。...
オリンピックと申しますとギリシャですね。 ギリシャ神話と記紀の日本神話は、似ているといわれています。 オリンポスの山に住む十二神も、阿蘇山の十二宮も似ているのですが、例えば、アポロンの杖は、草薙剣であり、ポセイドンの三叉は、霧島の天の坂矛です。...
動静引弛凝解分合の八力の力は、比べという対称性→対称力から起こっています。 このタカアマハラ宇宙も、タァ声であります対称性があるために、対称力も起こるという事です。 ところで、八締めの比日密土(ピラミッド)の密土は、対称性がない何かを示し、比日は、宇宙開闢を示しています。...
神社の祭りで、船を山車で引きますのは、私たちの祖先が、湖沼から川へ、干潟から海へと船をひいていた暮らしの継承です。 その事で、皆さま方が関心をお持ちになる、邪馬台国はどこかにも関わるのですが、船に乗っていた方も船をひく事となり、邪馬台国までの道程は、距離の計算どころではなく...
熊本には、トンカラリンと同じ緯度上に、無田原遺跡もあります。 旧石器から縄文初期の7000年程前で、これから世界の文明が明ける、夜明け前という時代です。 オリオンの三津星を思わせる三つの円形は、△▽○のストーンサークル、方形は、△▽□のピラミッドを思わせます。...
京都伏見の醍醐寺は、古事記にも、その参考書の古今和歌集にも深くお関わりになられた、醍醐天皇の菩提寺です。 その醍醐寺の永厳法印(平等房、FBの友の前世)は、求麻(今の球磨)の阿蘇谷に平等寺を建立いたします。 平等寺は、400m×600mの敷地に、本堂と七つの伽藍、250基の...
明治御帝の文化の日を偲ばせていただきますと、日本人とは何なのかに、自ずと引き寄せられます。 勝海舟が申しますには、おれは、今まで、天下で恐ろしいものを二人みた、それは、横井小楠と西郷南州である。 偶成 横井小楠 東海の波濤 北越の雪 飽くまで光景を看て 百胱(月は角)を傾く...
狗奴の男王の卑弥弓呼の名には、火水弓(狗)子という暗示があります。 火水として、とらえられない何かが分けたものが弓月です。 火(霊、タカミムスビ)と水(令、カミムスビ)に分けた私(片仮名、カタカムナ)は、月(真名、留那)そのものではありません。...
菊池一族の城は、古代にさかのぼり古いのですが、1467年頃からの菊池一族の出田秀信からの千葉城が、歴史的には知られる隈本城です。 菊池の都は、隈府でありますが、隈本は、海に出るための城であったとも申せます。 それで、皆さん方もよくご存知の肥後手鞠唄は、肥後=熊本ではなく、火...
竈門山の水門から有明海へ抜ける筑紫(貝染めをする人たち)の道が、忍の道です。 忍男、影女の故郷です。 古代は狗奴の中の一国の烏奴でした。 烏土の宮など、何かと烏の名が付きますのは、この烏千由烏(宇宙)が、神産巣日(神日巣の巣、カミムスビ)の子(烏の七つの子)だからです。...
梅洞の、綿津見神社へ参りました。 神功皇后、豊玉姫、玉依姫と、姫君に縁がありますのは、海へ出る夫の航海の安全を祈り、自らが身代わりとなって御祓なされていたからです。 はるかな古代から続く、海での安全を願う夫への愛が、斎王の始まりなのかも知れません。...
私の産土神の河内船津厳島神社は、三韓と深く関わった所で三韓屋敷があった所です。 古代日本の歴史の空白を埋める手助けは、ちょうど年代的にもこの三韓ですが、すでにありません。 ところで、全国の神社に奉納された神代文字の原点とも言うべき肥文(一二三、くまふみ、阿比留草文字)を追跡...
マヤの末裔といわれるラカンドンは、昔の芳山(カラ)と同じように、石臼を嫁入り道具とし、ククルカンといわれる大蛇の日の影で、お彼岸(七日ククリ)を祝ってきました。 ところで、昨年の大河ドラマの韋駄天でのオープニングでは、ギリギリ、坂口の実家の畑は映っていませんでしたが、金栗四...