
ヤマト
日本(ヤマト)の方向性
縄文時代、争いのなかった平和な縄文人の精神と英知を学びます。
世界文明の起源である日本の古代より伝わる真理を学び
争いの元となる隷属の観念から離脱し、真の自律を調和の中に
見出す。
経済優先の唯物主義を手放したところにある「目に映らないもの」に気付き、調和を尊ぶ日本社会実現を共に目指しませんか?
共感は霊性の証
長女が小学生の時は、教育キャンプなどに同行いたしました。 即興歌にアンコールをいただくなど、子供そっちのけで楽しいキャンプでした。 そんな中で、ある女の子に、男の子が寄ってたかって意地悪を言っていました。 そのままにしておくべきか悩んだのですけれど、長引いていた事もあり、つ...
おがたまの木
以前、一円玉の旅烏という歌が流行いたしました。 その一円玉のデザインのおがたまの木(招魂木)とは、私たちの人生(旅烏)そのものです。 そして私たちは、VIP待遇で招待されて、この人生を体験しています。 江戸時代のある時、お伊勢参りという機会がやって参りました。...
ベテルギウス~三射三矢の沙羅曼蛇羅
オリオン座のベテルギウスは、日本人が好きなシリウスと共に、冬の大三角形を造ります。 私たちの祖先は、この三角形を頼りに生き延びてきたのですが、イスラム教などでも重要な三角形だそうです。 私の故郷の漁民は、今でも漁労に生かしています。...
火と水の神崇日(カムタタラ)の霊の呼吸
イエスが獅子王と呼ばれますのは、ユダヤの王が獅子王と呼ばれていたからですが、獅子とは食べ尽くすものと申しましても、獅子を市章としているエルサレム市民でさえ何の事やらです。 ところで、おそれながら陛下は、大嘗祭、新嘗祭において、食人(シラスヒト)としてお立ちになられますが、食...
七草粥を食べ、祇園祭で七の月を祝う日本人の謎
大洪水を伝える、エデンの園、ノアの方舟の元の話のウトナビシュティム、ティルムンにも、七は重要な数字として出て参ります。 ところで、七草粥で知られる、1月7日の舎那蒼(七草、美しい景色)は、13000年前の太平洋での大津波後、季節をまたいで雨が降り続き、その過酷な環境が終わり...
岩戸で生まれるものの天命
聖徳太子もイエスと同じように厩戸王(星の観測所→馬宿→岩戸、アマテル)でありますので、火の君から分かれた筑紫の君(岩戸山の王)と同じ岩戸の王となります。 実際に、岩戸山の観音と同じ磐余の船板観音の寺で仏像を彫っています。...
鰐の謎
出囗王仁三郎さんが、熊本の邪馬嘉国の不動岩をみた時に、セドナ聖地の元だと言われ、この地のワニの名を一時期名乗っておられたそうですが、実は、王仁(愛)は、元々は鰐(祭祀者)が訛ったものだったのです。 鰐という地名は、日本に数十ヶ所ありますが、特に西海岸である熊本は、その祭祀者...
定家カズラ
古代は、例えば、春過ぎて→バルツゥギィテイと発声していました。 まるで般若心経での、漢訳をしないで残された読みの、ハラソウギャーテイのような発声です。 相撲(スマイ)の技の初手もショテイと読みますし、留める(霊止まる)意味合いがあるテイ(定、停)は、伊勢神宮など残される古代...
本末転倒の認識からの復活
あなたは誰かの問いに、イエスは、私は在ると答えています。 常識的な理解では、気がふれたと思われるでしょう。 ところで、人々は、あちらこちらで、これこそが真理だとおっしゃるでしょう。 そのこれだがない、捉えられないのが在るです。...
真那井の水
新嘗祭の今日、月はとても綺麗です。 種なしパン(お米)で餅つきをしたモーセと同じ月を見ながら、今、食がある事に、想いを馳せます。 モーセは、キカイカルデラによる災害で、世界に散った縄文人が、野生米を食べて生き残ってこれた事を、伝え聞いていたのかも知れません。...
木の葉猿
1300年程前、祭儀用の器の残土から、猿が現れた事から、造り始められた、玉キ名の木の葉(虎の歯)猿。 西南戦争激戦地の田原坂の近くに窯元があります。 江戸時代になり、薩摩藩の参勤交代により、全国へ広まりました。 見ざる、聞かざる、言わざるとも言われ、意味合いは皆さんもご存じ...
不思議岩の謎
東日本大震災が起きた年の翌年の1月11日が、元々私が聞いていた大津波の日でした。 大きく外れたわけですが、選挙による憎しみの蓄積が、事態を早めたのかも知れません。 今の多くの政治や宗教のグループが、その憎しみ(念→鯰)をお気になさる事なく、賛同者を集めておいでです。...
修学旅行で団子しか食べた記憶がないお方へ~出水神社水前寺成趣園
私の店(花坂)のブランドはラ・プラントです。 花を育てるに通じる名ですが、実は、13000年前の大津波以前の日本の名は、那日息比日仁育(一字で熊)でしたが、育はプラの当て字です。 そして育は、生成化育の化学でもありました。...
宮本武蔵が憧れた農人
上泉信綱(伊勢守)の剣術は、工夫はありましたが、その芯は、神道を元にしたものであったと考えています。 柳生は、その新陰流の正統継承者として、徳川幕府に召しかかえられたと、世間では知られていますが、実は、柳生との対戦を望んだ丸目蔵人がいて、その挑戦状は、柳生にとりましては、最...
始め(葉〆)であり終わり(〆)であるその刹那が大事
鵜戸橘(佛々)と湧き立つ宇宙開闢は、なぜ、巻き起こっているのでしょう。 神に抱き抱えられる脇差し(神の実在、私の実在、宇宙の現れの三力)による辰神動に、抱き抱えられる私が何であるかの振信動の和合(△▽○和霊タルムスビ)にあるのだと察します。...
古今集巻第七(君が代の元歌)の神髄~千夜に八千夜(人生)につきまとう、巌(和霊足留結び△▽○)から来る神を知らない苦しさ、さざれ石(幸霊玉詰結び△▽□)から来る他人がいる苦しさのわけ
人生は苦なりとみつめよ、という釈迦の教えの法句には、一般的な四諦八正道のように、わかりやすく示された道だけではないように思えます。 私はむしろ、苦を滅する方法よりも、苦あってこその道の理解、人生の意義だと考えています。 例えば、自らが悪い事をしたという自覚がありますと、苦が...
青は、阿烏(八咫烏)で、日の影(日足)であり、そこに神の息吹き(米)が映して宿りますので、精神の字体となります
曾祖父が、陸軍大学で爆弾をつくっているちょうどその時に、陛下が、阿蘇山に向けて祈られておられると伝え聞いたそうです。 おそれながら、陛下の崇高な祈りに、戦争を止める事のできない我が身の悲しさに、涙が止まらず、周囲の学友を驚かせたそうです。...
本末転倒になるのかは、父母(親神)に向き合っていないから
今の世界宗教の現状を喩えますと、家族で食事に出かけ、兄弟でメニュー表をめぐって争っているようなものです。 長兄は、俺のメニュー表は父から受け継いだ正統なものだと主張し、次兄は、他の兄弟の支持を一番得ているメニュー表だと、互いに争い譲りません。...
369と帯
日本人は帯を締めてきましたね。 帯は、神の光(米)を独り占め(天上天下唯我独尊、首名、オビトナ)している暗示で、垂れますのは、日が当たっている(神の子の)証拠として影(日足)が延びる、タリシヒコという事です。 ところで、弥勒菩薩は半跏趺坐で描かれますが、やはり、垂れている足...




















