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ヤマト

​日本(ヤマト)の方向性

縄文時代、争いのなかった平和な縄文人の精神と英知を学びます。

世界文明の起源である日本の古代より伝わる真理を学び
争いの元となる隷属の観念から離脱し、真の自律を調和の中に
見出す。

経済優先の唯物主義を手放したところにある「目に映らないもの」に気付き、調和を尊ぶ日本社会実現を共に目指しませんか?

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統治するものから、まつり事の釣り竿が渡される、統治されるものとなった事で、大和が成った

玉名(多婆那キ国)は、中国側からはイ国と発声されますので、倭は、委の当て字ではないかと考えています。 玉名から山鹿、菊池は、日本の歴史が失われている時代に、雄略天皇比定のものだけでなく、日本で、一番装飾古墳が出土している一帯でもあります。...

鳥人族~扇の迦那目~天の岩戸開き

ネイティヴアメリカンなどが待ち望んで真似ていました、鳥人族日本人の太古神道を、外国の方にお伝えする手段としまして、扇は良いと思います。 広げた羽は、タカミム巣ビ(霊の世界、忌部)、カミ△す▽(令の世界、物部)を示し、その要(岩戸)がありますから、その羽も成り立っているわけで...

平和の祭典のルーツと鍵を握るスサノヲ

オリンピックが死者を弔う祀りから始まりましたのは、縄文日本人が死者を弔うために取っていた、スマイ(後の相撲)が元だと考えています。 ところで、先週の日本船籍のタンカーでの殺害事件や、先ほども、ホルムズ海峡へ向かうアラビア海で拿捕されたと思われるパナマ船籍など、以前よりエスカ...

縄文時代から、日本人が何万年と続けてきた食べ物

縄文人にとって、ドングリなどを磨りつぶし粉にするひき臼は、家族を持つという象徴でした。 我が家にはすでに餅つき用しかありませんでしたが、ひき臼で磨ったものをよく食べていました。 それは、芳山の椿油やはったい紛などを売りに来られた方がおられたからです。...

もつれた日本の糸と世界の糸を紐解く縄文の吉備

子供の頃、芳野の山の椿油やきな粉やはったい粉を、行商に来るおばさんがいました。 週に2日程、亀石の家に荷物を分けて置いて村中をまわっておいででした。 はったい粉が人気であったため、はったい粉おばさんという呼び名が愛称でした。...

日本と世界の相似性の雛形

私が生まれるずっと以前に、出口王仁三郎や、その元となった木村鷹太郎の、日本と世界の相似性の雛形論があった事は存じあげております。 もちろん、雛形で造園された水前寺成趣園は、江戸初期の、もっと以前からありますし、いくつかの古文書にも同じ雛形論があります。(竹内文書の武内宿禰も...

日本人はどこから来たのか~石鎚とグヌンバダン

なぜ、魂(宿)に捕まっている霊(留魂)の正体(宿禰)を、総体という表現をいた(八咫)すかですが、私が体験した歴史(記憶)だけでなく、民族的記憶、人類的記憶、生物的記憶、鉱物的記憶などが関わるからです。 ところで、青年の頃、地元河内の段々畑の石積みをしていた父ですが、その剛力...

ウルギル(シュメール)の謎

雨が降り続いていますね。 自然の営みがなければ生きていけない私たちにとって、雨をうらむ事はできません。 それで私たちの祖先は、自然の営みに習い、生死一体として、川の両岸を宇留と宇留狗でマツリ合わせたのです。 相撲では両国、木では千両万両、球磨川では、国宝の人吉青井阿蘇神社(...

辻褄が合わない日本の歴史の謎が秘められている御所の古今伝授と、その謎を埋める日本の西海岸の口伝

日本で最も装飾古墳が集中する、玉名和水のセイバル(マヤ文明の都と同じ名)のトンカラリン周辺では、謎の地下トンネルがいくつも見つかっています。 そのトンカラリンの寸法は、玄室に至るピラミッドの地下構造とほぼ同じで、さらには、ピラミッドと同じ工法ではないかという事です。...

あをによし

青丹よしは、一般的に国内(くぬち、奈良の丹産地)にかかる枕詞とされますが、元は、口命(龍命)としてのぐぬちにかかる阿押人(あおしびと)の言葉遣いです。 私がよく歯入ると皆さま方には誤字で記しますのも、イリにかかる言葉遣いだからです。...

古代祭祀の謎

天神アン(天照大神)の娘であるイナンナ(戈安那、天之御中主)は、夜空で最も輝く金星や月に喩えられますが、他の天の安河原に集う神々(アヌンナキ)と何が違うのかは、イナンナは、天神アンの光(米)を受けているのに対して、天の安河原の神々は、イナンナの反射光(曲げ落とした光、天の坂...

本家鬼滅の刃

熊本阿蘇から福岡に降りて、鉄の文明を広めた第二代綏靖天皇(金凝、金栗四三の祖)の兄の神八井耳命の子か孫の健磐龍命は、阿蘇を蹴破り、阿蘇に治世を敷きました。 蹴破りとは、洪水の事でもありますが、ここでは、糖(トモ)を築き田畑を開く事です。...

シャンバラ(産道の先の幽界)は、あなたがいらっしゃる事で存在している

産道のサンと霊(火)のバルの産原(サンバル)が訛ってシャンバラと発声いたします。 トバン(トバル、チベット)人は、元々、日本人とチベット人のDNAが多いとされる、長江流域から東西へ分けたのです。 それで、熊本の向野田の女王の墓からは、チベット産の翡翠が出土しています。...

韓半島の先住者のクル(熊)族(日本人)

韓半島で有名な金剛山は、クムガンと発声いたしますが、錦江もクムガンと発声いたします。 また、いつも載せています、地元の鰐洞や梅洞、霊巖洞のような、洞という地名も韓半島には多くあります。 それは、韓半島の先住者のクル(熊)族(日本人)が影響しているからです。...

私たちの祖先

祖母の実家と、藤森ペル一元大統領のご両親の実家は近く、祖母は、従姉妹の方に、お花を届けていました。 昔の日本は、経済的には貧しく、農家の次男三男の方々は、新天地へ、夢を持って行かれた方々が多かったようです。 日本人の開拓者魂は、現地の方々にも賞賛されています。...

那日の日本

神武天皇の皇子をはじめ、神伝には、耳(∴∵△▽→)の名がよくあるのですが、その名こそ、世界に巨石文明を広めた、中心的日系人です。 縄文日本人は、縄文氷河期には、大陸に渡って、長江などで、ナーガエの世界文明の元を作りました。 ところで、耳は胎児の形であると言われています。...

迦那地(河内、日本)を目指し

庚申(気づきが眠らない祈り、精神が目覚めている事)により、十戒を授かった申是(モーセ)は、迦那安(カナン)を目指しながら、行方不明となります。 それは、元の迦那地(河内、日本)を目指したからです。 その足取りのヒントは、モーセが、天からの贈り物(野生米→まんま、マンナ)を種...

野口雨情作詞の、童謡の七つの子の七つは、未だに、七羽の雛なのか、七歳の烏なのか、七(多いという意味)なのか、議論が割れているそうですが、そういう理論的視点ではなく、想いという観点から観ますと、自らの七歳のお子さんと、自らが七歳の時の母への想いが重なりあふれた詩ですね。...

巨石を切り出す石工の技術と、遠洋を航海するに耐える造船の技術

吉備や大和の大王(後の天皇)が、なぜに遠い熊本の宇土から、自らの墓石となる巨石(阿蘇の桃石、御門石→馬門石)を運んだのかは、巨石を切り出す石工の技術と、ノアの方舟のように家財一式を積んで、遠洋を航海するに耐える造船の技術と、操舵(タギシ、神武天皇の長子の名)を子々孫々に継承...

過ぎ越しの謎

以前の事ですが、雲仙普賢岳へは、火砕流に気をつけながら、乗り捨てられたパトカーを横目に参りました。 ところが、しなるはずの竹の旗竿が、火山岩弾のー撃で折れました。 バスの横窓には、鉄柵が取り付けてありましたが、フロントガラスは無防備でしたので、無念でありましたが、各民家に繋...

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角力(終末)への挑戦

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