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もつれた日本の糸と世界の糸を紐解く縄文の吉備

  • yamato-567
  • 2021年7月18日
  • 読了時間: 1分

子供の頃、芳野の山の椿油やきな粉やはったい粉を、行商に来るおばさんがいました。

週に2日程、亀石の家に荷物を分けて置いて村中をまわっておいででした。

はったい粉が人気であったため、はったい粉おばさんという呼び名が愛称でした。

早く売り切れると、お礼にと売り切れてもとっておいて下さり、夕方バスがくるまで祖母とお茶を飲んで談笑しておいででした。

昔は、どんぐりも臼でひいて粉にして焼いて食べていたそうです。

芳野から芳野へ嫁いだおばさんは、嫁入り道具もひき臼だったそうです。

ところが、私が高校生になる頃には、スーパーマーケットもでき、我が家も土間がなくなり、はったい粉おばさんの姿はいつしか見る事がなくなりました。

縄文の昔から雑穀や豆を臼でひいて混ぜあんにし焼いた、本物の芳野(金峰)の山のだご(芳だご、ほう(奉、芳)とは熊本県人の会話の口癖、無意識の言霊)を食べる事はもうありません。

それとともに、もつれた日本の糸と世界の糸を紐解く縄文の吉備は、草の根の土に染み込む事もなく、流れて行ってしまっています。

縄文に縁のある私たちは、その流れをただ眺めるのではなく、掬い上げようと決意して、この世界に顕れて来たのではないでしょうか。



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