本家鬼滅の刃
- yamato-567
- 2021年7月4日
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熊本阿蘇から福岡に降りて、鉄の文明を広めた第二代綏靖天皇(金凝、金栗四三の祖)の兄の神八井耳命の子か孫の健磐龍命は、阿蘇を蹴破り、阿蘇に治世を敷きました。 蹴破りとは、洪水の事でもありますが、ここでは、糖(トモ)を築き田畑を開く事です。 ところが、神武天皇の兄の三毛入野命が、鬼八を殺してしまったために、霜害や洪水などの災害に襲われるようになったのです。 なぜ、鬼八を殺してはいけなかったかですが、彼は、年毎に、虫の卵などの観察からの洪水の準備、異なる輪作の種植や、やはり年毎に異なる農作の段取りを教えていた、星読み人(金八星人)だったからです。 後世に、オウスは、やはり星読み人の球磨の八十(熊襲、邪馬土)タケルから名を襲命して、ヤマトタケルとなるのですが、それとともに、球磨(古代は神をクマと発声)は、阿蘇の支配下となる、政祭の捻れとなります。 後世に、平安京と同時期に、同じ四神相応で建立された、人吉青井阿蘇神社は、平安京と表裏の関係です。 ですから、人吉球磨は、ただの小京都ではないのですね。 話を戻しますと、それは、古事記編纂においても、本居宣長が神代文字の出所とした熊襲(肥文、くまふみ、ーニ三)の言葉が、翻訳されなければならない作業が生じたわけです。 さらには、稗田阿礼が殺されるなどの困難も生じています。 坂口がいつも投稿しています岩戸山は、古事記編纂者の太安万侶がリスペクトした、山部赤人の母が歌詠みの修行をした所ですが、なぜ岩戸山が、古事記の謎を解くかと申しますと、祖先が球磨人と同じだからです。 それは、球磨から嫁いで来た母が、子が授からない事(私が生まれる前)から岩戸山(最初の天の岩戸)へ導かれた事から謎が解け始めます。 超古代から狗奴の頃まで、共和国のように、韓半島から沖縄までを統治していた人吉球磨の都は、今よりずいぶん北にあったという事です。 それで、大王の示しの金鍍鏡も、球磨(邪馬土、委)と、福岡の委都国から出土しています。 毎日ローカルな歴史ばかりですが、物の花が開いた現代、精神の花も開か(666→369の咲耶)ねばなりませんので、その一助になればと思います。 因みに、福は内の、精神の葺き替える内は、三ツ目(額の666の視点、八咫鏡)の目覚めです。 それで、元々は自らの両目(片仮名の目)をつぶすために、魔目(豆)として当てていました。 豊玉(魔我魂、鬼)が蘇る祭祀なため、トヨでありユタでもあります。 因みに、浦島太郎の白髪は、眉間の三ツ目(白毫)の喩えですので、悲しい結末ではなく、籠目出たし、愛出たしの事(言)祝です。 また、人吉球磨では、白髪岳を聖の山として祀ってきました。 愛出たしとは、鬼(王仁)は外という事でもあります。 第三の天の岩戸の高千穂の、鬼八(金八星人)の写真は、お借りしています。

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