なぜ、魂(宿)に捕まっている霊(留魂)の正体(宿禰)を、総体という表現をいた(八咫)すかですが、私が体験した歴史(記憶)だけでなく、民族的記憶、人類的記憶、生物的記憶、鉱物的記憶などが関わるからです。 ところで、青年の頃、地元河内の段々畑の石積みをしていた父ですが、その剛力に反して、石鎚で叩き割り削る作業が、とても遅いのです。 驚く事に、ご両親が同町出身の藤森氏のペルーのマチュピチュも、科学的知識とかけ離れて、その石鎚の作業は、のろまな亀だそうです。 それは、個人的民族的人類的生物的記憶より深いからです。 石鎚は、留魂の歴史をさかのぼりながら、知らずうちに神道に合う方法だったのかも知れません。 写真は、河内山と、石積みの河内山と似ています、二万年以上前のピラミッドではないかと囁かれるグヌンバダンです。 祖父が申していた祖先の島である那日息比日仁育(ナラムスヒラヱプラ、一字で熊(那)、狗真那は天狗の祖先)は、グヌンバダンの近くに消えた海の縄文人の島なのかも知れません。 河内の拝ヶ石の、ペルーのマチュピチュと同じ太陽観測の写真は、いつも載せているものです。
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