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私たちの祖先

  • yamato-567
  • 2021年6月10日
  • 読了時間: 2分

祖母の実家と、藤森ペル一元大統領のご両親の実家は近く、祖母は、従姉妹の方に、お花を届けていました。

昔の日本は、経済的には貧しく、農家の次男三男の方々は、新天地へ、夢を持って行かれた方々が多かったようです。

日本人の開拓者魂は、現地の方々にも賞賛されています。

ところで、北米中南米各地では、日本型の土器や、7000年前のミイラから、現地の人にもない日本人のDNAや、文明との接触がなかった奥地での日本人特有の感染症など、?となる不思議な発見が続いています。

また、イースター島の鳥の神や、ネイティヴアメリカンの鳥の羽、そして熊本玉名と共通するカナガラス、さらには、マヤの都のセイバルと同じ地名の、玉名セイバルのトンカラリンも、出土品などにも共通点がみられます。

また、有名なペルーのカワチ神殿(ピラミッド)は、藤森氏の祖国の河内白浜と同じ地名です。

マチュピチュの方が、10倍ほど年代的には新しいのですが、玉名小天から登った拝ヶ石巨石群は、太陽の観察や、法螺貝の用い方などにも共通点がみられます。

私たちの祖先は、シベリアやシルクロード海陸の道だけでなく、環太平洋も行き来していた、誰も見ない世界に挑んだ、冒険者だったのだと思います。

写真は、拝ヶ石巨石群とマチュピチュの太陽観察の比較と、迦那地の拝ヶ石を奉じた菊池の御旗の金烏(迦那烏)です。

私の中の宇宙(タカミムスビ)と、宇宙の中の私(カミムスビ)の二羽を持っています。

これは南米では、黄金のコンドルだったのかも知れません。



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