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迦那地(河内、日本)を目指し

  • yamato-567
  • 2021年6月8日
  • 読了時間: 2分

庚申(気づきが眠らない祈り、精神が目覚めている事)により、十戒を授かった申是(モーセ)は、迦那安(カナン)を目指しながら、行方不明となります。

それは、元の迦那地(河内、日本)を目指したからです。

その足取りのヒントは、モーセが、天からの贈り物(野生米→まんま、マンナ)を種なしパン(鏡餅)にして神に供えた、餅つきの風習が残るアジアの地域です。

その終着駅は日本です。

また、その鏡餅に乗せるダイダイ(インド原産)、葉みかん(長江の以南原産)は、その海時々陸のルートに歯入ると考えています。

父は、ダイダイは、河内から、後に北陸方面へ渡った越人が、葉みかんは、瀬戸内海方面に渡った呉人が伝えたと申しておりました。

実家の河内町(芳山)には、その原木が植えられ、今や日本中で似た鏡餅の飾りとなっています。

また、雛祭りは、モーセが赤子の時にナイル(那入)川に流されて、拾われた風習と同じです。

皆さま方が橋の下から拾われて来たと、ご両親様からお聞きになられた事は、昔の日本の風習だったのです。

実際に、河内川を6000年前の船船津き場まで流された祖父の姉の名は、お待でした。

スハラ川とカナチ川の合流点から、岩戸山の入口のダイラの橋の下まで流され、家族は待っていたわけですね。

先日、その近くに住んでいた地元の同級生が、私に会いに来て、人が横たわる天の浮舟らしき加工された岩が、その近くにあると教えてくれました。

他に知る人はいないそうです。

後に雛(日那)人形に変わりましたが、お焚き上げされたため人形(生け贄の人魚の発声と同じ語源)は残らず、実家には掛け軸のみが残っています。

また、十戒のシナイ山はマナイで、∴∵△▽→の耳山という事で、これは神那備型の迦具山で、芳山はその型です。

また、元伊勢の籠神社(籠とは∵∴△▽→の耳)、真那井神社が阿蘇の海でありますのは、文字通り、熊本の阿蘇から長崎の雲仙の線上にある参道の事です。

海の中のお宮(井清、清はセイ→シーの海)という事です。

面白い事に、古代にすでに日本に渡って蝦夷地など暮らしていた、イサクの子のエソウと共にいたヱブス(戎)人は、カナン人です。

そして、十日戎を祝うのです。



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