紀元節は、那日息比日仁育烏萱が復活した日
皇紀2681年、紀元節おめでとうございます。 ところで、神武天皇の御名の狭野尊とは、隈>(ハジキ)の事です。 西郷どん(菊池源吾)の妻の愛加那(龍家戸間金)のように日御子(ユタ)は、ハジキの入れ墨をしていました。 それは、二天(宇宙の中の私と私の中の宇宙)が交わる∞点なき点...
日本(ヤマト)の方向性
縄文時代、争いのなかった平和な縄文人の精神と英知を学びます。
世界文明の起源である日本の古代より伝わる真理を学び
争いの元となる隷属の観念から離脱し、真の自律を調和の中に
見出す。
経済優先の唯物主義を手放したところにある「目に映らないもの」に気付き、調和を尊ぶ日本社会実現を共に目指しませんか?
皇紀2681年、紀元節おめでとうございます。 ところで、神武天皇の御名の狭野尊とは、隈>(ハジキ)の事です。 西郷どん(菊池源吾)の妻の愛加那(龍家戸間金)のように日御子(ユタ)は、ハジキの入れ墨をしていました。 それは、二天(宇宙の中の私と私の中の宇宙)が交わる∞点なき点...
葦原の 瑞穂の国を 天降り(くだり) 知らしめしける 天皇(すめろき)の 神の命(みこと)の 御代重ね 天の日継(ひつぎ)と 知らしくくる 君の御代御代 敷きませる 四方(よも)の国には 山川を 広み淳(あつ)みと 奉る 御調宝(みつきたから)は 数え得ず 尽くしも兼ねつ...
2月11日の国(神茎那の茎、狗奴)立ち(紀元節)は、1月11日の鏡降ろしとは、意味合いが異なります。 それには、1月11日を、まず理解しなければなりません。 1月11日の鏡降ろしをお伽きいたしますと、1は神の実在の1で、月は私の実在(鏡)であり、11日は、私の実在(日、内裏...
クキサムハラは、人の体を縄文螺旋回転(竜の形)で走る、天叢雲(ムラムラ)のエネルギーの事ですが、それを12の宮(曜玉、五臓六腑一性殖)に配分(那岐)するのが、丹田といわれる草那岐の剣(マツルギは真釣り合わせの配分、那岐)です。...
四霊四魂には、相対する力の作用(八力)との勘違いなど、多くの誤解がそのまま伝えられています。 その大元の筑紫の岩戸山に生まれました口伝者といたしまして、少しお話をさせていただきます。 一つの楽曲(一霊)が、三元(神の実在、私の実在、私の現れを含めた宇宙世界)で奏でられます時...
私たちの祖先は、この世界が数字で表現できる事を知っていて、今も、その言葉を使っています。 しかしながら、この世界で表現できない、数字でない何かに気づいていて、その何かを示しすために、救い主などではなく、子孫の皆さんへの使い走りとして、〆シ家を遣わして参ったのです。 6 1...
私が何であるのかの問いにより、私を映して見たのが鏡(迦我美)です。 映した所から他が始まりますので、他の元(二天一流)は一人子の>(ハジキ、芒)です。 ですから、日本人は、箸を使い、手の甲にハジキの入れ墨をしていました。...
英国BBC放送のドキュメンタリーで、世界を驚かせましたのは、最新の科学技術による、真実のイエスの肖像です。 日本人なら、親戚に一人はいる、どこかで見た顔という事になりますのは、歴史の教科書の、縄文人のようであるからです。...
大陸では、冬至の鬼道(蘇り)をする日本人は、奇異な民族でした。 ところが、よくよく考えてみますと、火の君と同じように、イエスは蘇りをしていましたし、名もこちらと同じ耶蘇なわけです。 また、坂口の祖父のように、一度死んだイエスが、生き返った事になっています。(祖父は三度死んだ...
武内一忠先生の、日本国の五千円紙幣の五は、▽△のになっていますよというお話には、自身の注意力が足らぬだけで、至るところに親神の示しはあるのだと、感動いたしました。 ここからは、河内船津厳島神社の世話役を勤めた、祖父や父からの口伝でありますが、その五は、厳島の事であり、斎(い...
熊本阿蘇から福岡に降りて、鉄の文明を広めた第二代綏靖天皇(金凝、金栗四三の祖)の兄の神八井耳命の子か孫の健磐龍命は、阿蘇を蹴破り、阿蘇に治世を敷きました。 蹴破りとは、洪水の事でもありますが、ここでは、糖(トモ)を築き田畑を開く事です。...
八岐大蛇という事は、八つの股(岐)なので、九頭竜という事になりますが、赤い鉄の川の姿や、動静引弛凝解分合の八力ともいわれます。 ここで、八力なのに、なぜ九頭竜なのでしょう。 これはまた、内なる世界(タカミムスビ)と外なる世界(カミムスビ)の二元なのに、なぜ三元(ヽとヽと戸間...
幽微留(カミル)世では、内にある意志(言令)通りに、現象が現れて参ります。 それでも、夢のように、映顕奇(うつくし)世と幽微留世の中間的立ち位置ですと、意志通りに参りません。 それは、言令(破壊、シヴァ)と分けた言霊(調和)があるためです。...
言葉は、山なら山、大きいなら大きいという意味を持つ事で、事場としての、活躍(言鳴→事成)の場を持ちます。 その点では、世界中のどの言語も、言葉として紡がれ、意味を成していきます。 ところで、日本語の場合、動詞がすべてウ声で〆(事場、本場所占め)られ、延びゆき張り詰めるものは...
宮本武蔵が、終焉の地として岩戸山を選んだわけは、彼の出身地に残された古代神道の謎の、出自だったからだとお察しいたします。 岩戸山は、京や大和人には歌詠みの修行の地として知られておりましたが、古代に熊本宇賀岳(岡岳)から出た船の多くは、岡山や兵庫で留まったのです。...
磯城島(五十音で敷かれ築かれた島、敷島)の 大和の国は 言霊の 助くる国ぞ ま幸くありこそ 自らが発した言葉や文字の響きの振動(磯波)は、行先の宛名は消え(主語を亡くし)、自らの胸が、一番受け取める事と成ります。 それは、自らを助ける事でもありますが、自らを責める事とも成り...
メソポタミアの大洪水伝説、ウトナビシュテム(烏土那毘進水)の芳舟は、宇土の桂原遺跡で刻まれたような船であったのかも知れません。 その高度な造船技術は、6000年以前の熊本の宇土から、韓半島や沖縄に曾畑櫛目紋土器を運び、今のところ、世界で最も古い遠洋航海の証となっています。...
富士の浅間の発声は、阿蘇の山が訛ったものです。 また、古伊勢の海は、元は阿蘇の海(宇土)の事です。 山は、ヤマァと右に螺旋して舞い昇り、ア声で張り詰めます。 海は、ウミィと左に螺旋して舞い降り、イ声で噛み靜みます。 天地万象の形態は、口の開き閉じ(アイの発声の形態)でもあり...
12の斎石からなる日本庭園の正体は、ライエデン(神成)です。 要するに神生み(戌)島生み(戊)の落磁場(千葉)、振言(鳴言)、雷鳴(鳴言)→成事(成趣園)という事です。 成から抜かれたーは、神の光(米)がくくられ(菊)曲げられ→I(私)が落とされて、米→光として神々と世界が...
日本語に母音があるという事は、例えば、アでもセでも、それまでは隠されたアァのァ音、セェのェ音が表面化するという事です。 そのァ音やェ音は、隠されていた霊(想い)ですので、日本は、言霊の幸(咲き分け)給う国というわけです。...