四霊四魂と鬼切り(鬼減)の道
- yamato-567
- 2021年2月2日
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四霊四魂には、相対する力の作用(八力)との勘違いなど、多くの誤解がそのまま伝えられています。 その大元の筑紫の岩戸山に生まれました口伝者といたしまして、少しお話をさせていただきます。 一つの楽曲(一霊)が、三元(神の実在、私の実在、私の現れを含めた宇宙世界)で奏でられます時に、環境(荒霊)という器(荒魂)、意志(奇霊)という器(奇魂)が結ばれ(△▽イクムスビ)ますが、ただそれだけでは、自己完結で終わるわけです。 そこにはたらいている○和霊(神を知る能力)の器(和魂)、□幸霊(他を知る能力)の器(幸魂)が備わっている事が、私(あなた様)がいったい何であるかを知る鍵となります。 その△▽○タルムスビを祭りとした私たちの祖先は、ストーンサークル(環状列石)を造って参りました。 また、△▽□タマツメムスビを政りとした祖先は、比日密土(開いて結ぶ>、○+。、ピラミッド)を造って参りました。 マツリこそ、鬼切り(△▽おむすび、鬼減)の道なのです。 そして、私たちは、△▽○と△▽□の片仮名の真名合わせ△▽○△▽□(六芒)を国旗日の丸としていただき、その土俵(上円下方墳)で命がけの角力(認識の回天)に取り組んできました。 ところで、京を出た清原元輔(清少納言の父)は、真名合わせの謎に取り組むため、死を覚悟して熊本に向かいます。 途中、筑紫の竃戸山の水門に歌を残し、玉名和水(菊水)の竃戸神社を抜けて有明海へと出ます。 そして、芳山岩戸山の、落ちたら即死の崖の小さな岩の上(歌詠み場)で、一霊四魂三元八力(八力は動静引弛凝解分合などの相対する力の作用)の、終身の修行をするわけです。 芳山系の祇園山(熊本)で祀られるまで、古代人が伝えてきた鬼切りへの道の格闘でした。 写真は、いつも載せておりますが、芳山拝ヶ石の環状列石(頂上石)とおむすび石と、歌詠み場と、その崖下眼下の鼓ヶ滝での、清原元輔の歌詠み(言葉遣い)の様子です。

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