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厳島はマナ瀬の島

  • yamato-567
  • 2020年12月19日
  • 読了時間: 2分

武内一忠先生の、日本国の五千円紙幣の五は、▽△のになっていますよというお話には、自身の注意力が足らぬだけで、至るところに親神の示しはあるのだと、感動いたしました。

ここからは、河内船津厳島神社の世話役を勤めた、祖父や父からの口伝でありますが、その五は、厳島の事であり、斎(いつき)の形そのものでもあります。

河内船津厳島神社には、古代に三韓との外交拠点があり、大陸や半島からの船が目指した芳山(芳、飽のホウは奉るという熊本弁の発声の締に着くバッテンのような言葉)の玄関口に当たります。

元々、船着き場仕様ではありますが、幼少の頃から、なぜ、表と裏に鳥井があり、裏鳥井からは入るのだろうという疑問はありました。

それは、うちゅうは、烏千由烏という順序になって、△烏(環境)から始まって、▽千由(稚児、中主)は後のように映る、申し替えますと、△▽イクムスビの△が先の順であるように映るのですが、実は、▽奇霊(中主の意志)があってこその△荒霊(環境)なのです。

波があってこその海ではなく、海があってこその波のようにです。

それは、一般的な世界宗教が申しますように、神→天使(戌)→世界(戊)→人間(成、8000年前の熊本弁でなす人のトモ→ドモ→ダモ→→6000年前のアダム)ではなく、古事記でナギナミ尊(成、意志、▽奇霊)が、神生み(戌、八百万神)→島生み(戊、環境、△荒霊)と成しました順序が、本来の順序という事です。

また、その意志(成、アダム)がある事が、神の子の証しという事です。

意志(海)がなければ環境(波)は存在しないという本来ではなく、とらえられる環境こそが海で、意志は波だと本末転倒に誤解されてきましたのが、これまでの人類の認識であったのです。

それで、一般的な宗教では、あなた方は創造物だと隷属させるわけです。

ある意味、隷属させる手法からみますれば、共産主義も宗教だと申せます。

ただ、神伝(古事記)だけは、中主(天之御中主、私の実在、アルラ)からの、宇宙開闢の実況中継が記されているわけです。

これが、天(▽奇霊)から降るマナの正体です。

写真は、河内船津厳島神社です。



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