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生かすはたらきの生寿が、人の想い(念)というもので息詰まりますと、生ず(逆那に念で鯰)と成ります

  • yamato-567
  • 2021年2月5日
  • 読了時間: 2分

クキサムハラは、人の体を縄文螺旋回転(竜の形)で走る、天叢雲(ムラムラ)のエネルギーの事ですが、それを12の宮(曜玉、五臓六腑一性殖)に配分(那岐)するのが、丹田といわれる草那岐の剣(マツルギは真釣り合わせの配分、那岐)です。

九鬼(神茎那)でありますのは、天津神那木(金木、算木)で喩えますと、108の本能のエネルギー(九、球魔)を、生かすはたらきの九九→81で角力(ひっくり返)して観るという事です。

108-81の、残る逆月は、三三九度の27(愛)でもあります。

煩悩即菩提でもありますし、孫悟空の挑戦として記されている真意でもあります。

これを禊ぎで観ますと、坂口のプロフィール写真のような、捻り溜め放たれる、神日手力の飛沫となりますが、その浮舟(人体)の竜骨を島で観ますと、日本列島となります。

ですから、人の体が、生寿(言吹き)の△▽イクムスビ(生、行結)で成りますように、ア行からワ行の五十音(磯部)の、アワと固まる島生みは、生寿です。

生寿と生寿で繋がった人と島は、人の禊ぎのように、島にも禊ぎが現れます。

その現れは、気流柔剛で区分しますと、気は台風、流は津波、柔は火山噴火、剛は地震となります。

台風と地震が同じ元と申しますと、ハテナ?となられるでしょうけれど、関連性がある事は、今後の科学で解明されるでしょう。

また、その生かすはたらきの生寿が、人の想い(念)というもので息詰まりますと、生ず(逆那に念で鯰)と成ります。

よって、地震が生かす範疇を超えますのは、人々の想いによるものです。

写真は、鯰をトーテムとした、初代ファラオのナルメルです。

エジプトは、地震の多い地域ではありませんので、地震の多い地域から来た方ではないかと思います。

鹿島神社など、鯰が知られますが、熊本では、どんなに飢饉であろうと、鯰だけは食べないという地域もありますし、豊葦原神社や郡浦神社など、古い神社ほど、鯰をトーテムとした神社が多いと感じます。

インターネットで、人の想いが万人に拡散する時代にありまして、その禊ぎの手順、言霊を伝えるものの教えも、真剣に弘法されなければなりません。



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