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蜘蛛貝(龍)から神の声を聞き、蝶貝(波動、感動)を刻み返していた、超古代の海洋民族

  • yamato-567
  • 2020年11月29日
  • 読了時間: 1分

メソポタミアの大洪水伝説、ウトナビシュテム(烏土那毘進水)の芳舟は、宇土の桂原遺跡で刻まれたような船であったのかも知れません。

その高度な造船技術は、6000年以前の熊本の宇土から、韓半島や沖縄に曾畑櫛目紋土器を運び、今のところ、世界で最も古い遠洋航海の証となっています。

さらには後世には、宇土の馬門石が、大和や吉備の大王の墓石となり、巨石を切り出し運び造設する土木技術があった事が伺えます。

その時の航路の瀬戸内海の道々に、五十部の言霊が淡路と固まる神道が伝わったと考えています。

金鳥山のヒラトウジ○┼。も、宇土の片仮名人が、カタカムナカミとヤタノカガカミの二重羽の金烏を印としていたからです。

それを明かしいたしますように、浦船に帆をあげての高砂やの歌は、熊本から兵庫へ渡った阿蘇の神官の歌です。

この技術人こそ、九州が火山活動で苦しむ中、世界に出て、巨石文明を広めた海洋民族、日毘(ラビ、比日仁育→一字で熊)の人ではなかったかと考えています。

余談ですが、当時の櫛目紋は、波動(蝶貝)としての神との会話、縄文は、螺旋回転(龍、蜘蛛貝)としての会話であったのかも知れません。

祖父からの形見が蜘蛛貝でありましたのも、今となりましては納得いたします。



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