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紀元節は、那日息比日仁育烏萱が復活した日

  • yamato-567
  • 2021年2月12日
  • 読了時間: 2分

皇紀2681年、紀元節おめでとうございます。 ところで、神武天皇の御名の狭野尊とは、隈>(ハジキ)の事です。 西郷どん(菊池源吾)の妻の愛加那(龍家戸間金)のように日御子(ユタ)は、ハジキの入れ墨をしていました。 それは、二天(宇宙の中の私と私の中の宇宙)が交わる∞点なき点、境木(榊)、天の岩戸の戸間金が、私の実在の正体だと知っていたからです。 神武天皇の長子のタギシミミの耳△▽が∞という事になります。 それでは、タギシとは何かですが、こちらの芳言では船の操舵の事ですが、龍使い(蛇使い、言葉遣い)という事になります。 なぜ古代の言葉が海に因んだものが多いのかは、13000年前の大津波で沈んだ海人(迦那人)が建国していた国の、復活した国が日本だからです。 先日ご紹介いたしました坂口の実家の畑(365m河内山の頂上、河内は迦那地)も、大津波対策でありました。 話は戻りますが、その高原の狭野(狭は佐、日足り)を祀った 島津家久の母(千首の局、一日に千首の歌を詠んだ人)の実家の球磨のあさぎり町深田内山に、日本建国のお伽話(迦那人の昔話)が伝わっていたのです。 古事記に記されますように、日本武尊(オウス)が、邪馬土建(川上タケル、川上は伊勢)の名を襲名した熊襲の地でもあります。 私は、内山で僧職をしていた祖父と、まるでノアのような実家の祖父の両祖父から、同じ話を聞く事となります。 その建国の一大事を、毎日の投稿で、ご子孫であられる皆さま方(島国である日本では25代も遡れば共通の祖先)に、お伝え申しあげております。



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