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間接的な数字での理解ではなく、観音の視点での直解(気づき)

  • yamato-567
  • 2021年1月28日
  • 読了時間: 1分

私たちの祖先は、この世界が数字で表現できる事を知っていて、今も、その言葉を使っています。

しかしながら、この世界で表現できない、数字でない何かに気づいていて、その何かを示しすために、救い主などではなく、子孫の皆さんへの使い走りとして、〆シ家を遣わして参ったのです。

6 1 8 7 5 3 2 9 4

の縦横斜めの和が15(本場所)になる事はご存じの方もおいでだと思いますが、これを九霊界に分けて、中の5を五霊界として、108から角力された1から81までの数字の並びの内、

50 5 68 59 41 23 14 77 32

と突き止められて、数玉の総計の369と導き出されたとしましても、ひふみ(一ニ三)の、三元延びの369の、渦の平面立体という関数なき次元ですので、か五めの数玉を数字で表現するのは困難です。

これまで幾人かの古神道家の方が挑戦されましたが、答えは以下の通りです。

籠目となる因が、私のつくる渦にあり、その造られた、数玉と現れた先々の、変化するものを実とみるのではなく、渦目(天宇受賣命)のはたらきの元である、後ろの正面に立つという事です。

それは間接的な数字での理解ではなく、観音の視点での直解(気づき)という事です。

写真は、数霊を修める修験者が集う、奈良の吉野十津川の玉置神社です。



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