言霊は現場(令)あってこそですが、現場も言霊(想い)あってこそです
- yamato-567
- 2021年2月15日
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実家の町のお稲荷さんは、雨乞いのお宮です。 代々霊能力者の方でありますが、母が友人なのでいろいろいただきます。 山上から煙りをお炊(滝)き上げして、その煙の核により雨を降りやすくする手段は、いかにも原始的でありますが、科学が発展した今日の気象兵器より頼りになります。 なぜかと申しますと、私たちは、霊令のあの世とこの世の二つの世界(天津黄泉坂(滝口、竜の出入り口)に生きているからです。 その映し合う一方の現(うつつ)を美しむだけでは事は成りません。 宇津津女(申女)は、心(霊の世)も美しむ御子です。 ですから、雨よ降れも、雨を降らせないもの、もしくは雨を降らせすぎるもの対して怒り、不平不満で一致団結しましょうではだめなんです。 これは、自然現象(全くの自然現象はありません)でも、戦争を仕掛けてくるなどの、より人為的なものでも同じです。 日本(ヤマト)は、小さいながらも、いずれ御子としてお立ちになる方々を、鍛える学校でもあります。

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