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日本特有のお彼岸も、古代世界では当たり前でした。

  • yamato-567
  • 2020年9月20日
  • 読了時間: 1分

古代人の冬至、夏至、彼岸の一週間の挑戦は、私は何々でない、知らないという否定(バッテン)でした。

ですから、不知火の海の宮の禊ぎも、子宮の産道形のトンカラリンの鬼道も、女性性の菱形池の禊ぎも、孫悟空の頭を締め付け胎児の頭形に戻す緊箍児(烏帽子の元)も、もう一度、胎児にリセット(再臨)するための方法です。

それでは、なぜにそこまで、知っている事を否定してきたのでしょう。

それは、水に潜ると息をしていた事に気づきますように、知っている事で忘れてしまっている、私は在るの気づきを、知らない地下から蘇らすためです。 彼岸前の先日、トンカラリンには入って参りましたが、闇ゆえに、自らが光の元であった事に気づくのです。 彼岸に行けるもの幸あれ。




 
 
 

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