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敬天愛人の誠を、日本人も韓国人も、祖先に見習う時

  • yamato-567
  • 2021年3月8日
  • 読了時間: 2分

今の日本と韓国の憎しみ合いは、古代の韓国の前身の国々の、国家形成における日本が果たした貢献を、韓国の歴史家がみつけましても、韓国自らの国の建国の歴史を、ひた隠しにしてきた事にも一因があります。

半島に縄文人の骨が出土しましても、その時代は、半島に人がいなかった事にされてしまいます。

なぜ隠してきたのかは、日本を敵視する事で、自らの政権の腐敗の落ち度から国民の目を背ける、自己保身のためだけです。

その事に韓国の方々もお気づきにならなければ、自らが悲しいだけです。

それで、中国と同じように韓国でも、古の建国の歴史は、遺跡が出土しましても、伝説という事にして、あやふやにせざるをえなかったのです。

大陸で戦争に駆り出され、土地を失った半島人は、韓半島に平和に暮らしていた日本人に助けられ、日本人を、神のように慕い、暮らしを習っていました。

そもそも、韓半島での先住民は日本人でありますので、竹島を我がものとする主張以前に、韓国そのものが日本であったのです。

後の朝鮮の王朝も、王自らが日本の天皇にお伺いをたて、平和に暮らす足掛かりを築いてきました。

それでも、国を私事にするものが現れれば、神功皇后や武内宿禰、紀角のように、半島に兵を出し、自らも命をかけて出向かれ、半島の国を平定し、統治は、半島の新たな王に任せておられていたのです。

その敬天愛人の誠を、日本人も韓国人も、祖先に見習う時です。

両国の歴史認識の話し合いも、ほんとうに認識しているものが担当すべきです。

写真は、宇土の曽畑式土器です。

1万7千年前からの田平遺跡から7千500年前の曽畑遺跡に移行されてからは、明治神宮に所蔵されています契丹古伝(王は日本の象徴で火鳥でもある朱鶏に導かれて物語が始まっています)にありますように、韓半島から沖縄までを、鳥人と呼ばれる熊襲が、先住民として、統治していました。

それを証明しますように、同じものが、韓国の釜山と沖縄の北谷町などに出土しています。



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