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川上、久米、蒲池姫のルーツ

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熊本宇城郡浦が蒲池姫の出自です。 広義では狗奴(球磨)の姫で、阿蘇とご縁が繋がるのですが、なぜ筑後(佐賀川上興止比売)なのかは、韓半島から沖縄までを統治していた、幻の茂賀の浦(現山鹿菊池、玉名)に大和の三倍ほどの規模の集落をもっていた、狗奴の男王卑弥弓呼(狗呼、鞠々池、菊理)の勢力が衰えたため、宇城を含む烏奴、さらに球磨(熊襲タケルは川上タケル→大和タケル)に南下したためです。 そして伊勢川上と繋がります。 実際に、この地区だけで、日本全土の2割弱程の装飾古墳が出土しています。 玉名天水町の祖母の実家では、祖母(継乙女)には興止比売を、祖母の姉(豊香)には宇佐神宮以前の豊国一の宮である香春の昔話を伝承させています。 その祖母が受けた方言の調査は、古代宮中での言葉遣いでした。 ところで、筑後の蒲池さんと申せば、坂井泉水さんと松田聖子さんですね。 なぜ歌姫なのかは、郡浦の蒲池比売のルーツは、弦楽器を持ってきた西国にあると伝わるからです。 また、久米氏のルーツも球磨の久米です。 熊本から西は海ですから、西海から来た人は外国から来た人になります。 写真は、元巨人軍川上哲治監督の故郷球磨の、人吉駅近くの大村横穴墓です。 熊襲の墓では死体腐らせ、その下の蒲池で白骨になるまで身削ぎいたします。 それは、イザナギとイザナミの神話の実物という事です。 その禊ぎの場が川上でもあります。 同じ熊襲の墓は、イランやイラクなどでも見つかっています。



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