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世界宗教の源流~命をかけた太陽信仰と日本脱出

  • yamato-567
  • 2021年1月5日
  • 読了時間: 3分

戦争は、以前から始まっていたとも申せます。 それでも、日本を含めた関係各国が、暮らしていけましたのは、陰ながらの外交努力はあった事でしょう。 ただ、これまでの外交努力とは異なる次元となりましたのは、友好的な日本の外交も、報復を受け、大戦争に発展しかねない緊張した状態です。 イラン側の好戦派の方々も、アメリカ側の好戦派の方々の胸にも、同盟国、同盟派への攻撃が、反撃の狼煙となるご算段があられる事でしょう。 話は変わりますが、九州では、度重なる火山活動で、多くの犠牲者を出しただけでなく、火山雲で大陽が隠れたため、人の生命を支える、自然の営みが立ちゆかなくなりました。 そのため、太陽と似た黄金や、火を焚き、太陽を呼び出そうとしたのです。 されど、とうとう脱出せねばならなくなり、そのため、火山災害がない地域までも、太陽信仰と火焚きを広めました。 それから数千年後、今のイランでは、火焚きの信仰が起きました。 その信仰はシルクロードを通り、日本へたどり着きました。 それが、正倉院の宝物などで知られるわけですが、斑鳩や厩戸王といわれる聖徳太子は、ペルシア(イラン)の斑目鳥(斑鳩)と関係があると考えています。 また、それ以前に、同じメソポタミアの拝火の地のカルディナのウルから、日本(迦那)と逆方向のカナンをアブラハムは目指したわけですが、面白い事に、アブラハムの子孫のイエスは、聖徳太子と同じ、厩戸の王であるわけです。 そのユダヤの民が、バビロンの捕囚として、信仰を改宗されるほどの残酷な奴隷状態にある時、ペルシアのキュロス大王は、彼らを助け解放しました。 歴史的には、敵の奴隷といえども、捕虜は奴隷が当たり前だった時代、なぜ助けたのかは謎でありますが、古代の歴史的背景を繋ぎますと、答えは出て参ります。 それは、イランの元と、イスラエルの元が同じ事を、キュロス大王は知ったからだと考えています。 写真の百合は、たった今、写真におさめたものです。 九州が危機にある時、火山灰が降り積もる中、次世代の球根を古い球根の斜め上に付け、大きな花と香りで虫を引き寄せたオリエンタルリリィ(欧州では毎年、日本の女優さんがユリのイメージとしてポスターになられます)と、いつも載せています斑目の火鳥と、エデンの園を守るケルビム(斑鳩)の天使です。 私たちは、子供たちを灰から守るために、少々の事は忍耐せねばなりませんね。 また、私たちの祖先(カナ)が、再び日本に帰ってこれましたのも、住む土地(メソポタミアのカルディナやカナン)があったお陰ですね。 ケルビムでもあります、私たちに身近な神社の神輿の原形、宝物やケルビムの写真はお借りしています。



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