ラッパが吹かれる時は今
- yamato-567
- 2021年1月17日
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古の修験者で、情報伝達をしていたものを、ラッパ(乱波)と申します。 それは、後には忍と呼ばれるようになるのです。 元々は、志能見であり伺見であるのですが、志能見は、四霊四魂の奇霊荒霊和霊幸霊の人の根本能力の四能△▽○△▽□(熊手、ヨシテ)で、伺見は、神の御心をお伺いする宇気比という事です。 宇気比(気比)は、大陸では契約となり、今の世界宗教の元となった旧約、新約聖書が、宇気比書という事です。 ただ、新約聖書の最後の、ヨハネが見た幻(黙示録)は、私は雲に乗ってくるとか、初めであり終わりであるとか、四邪馬の四神相克から四神相応へのドラマがあったりと、一般的には何の事やらで、新約聖書として認めておられない教団もあります。 それは当然の反応で、この世界が残酷な時を迎える事に興味があられる方以外は、解明するご興味もあられないのかも知れません。 ただ、この黙示録こそが、旧約、新約聖書の続きの成約聖書の第一巻なのです。 クリスチャンでも、イスラム教徒でもユダヤ教徒でもない、坂口が申すのには、信用性がないのかも知れませんが、これまでの投稿で、黙示録の意味不明な話を解説して参りましたのは、聖書の元の迦那安のウガリ神話は、迦那人である今の日本人の、ウガヤフキアヱズの神話が元だからです。 フキアとはカナンの事です。 そのカナンの地の河内が、私の故郷です。 カナン人は貝が好きなのですが、その貝の生息に最も適した地として、有明海(筑紫、カナン人は紫貝の紫染めをしていましたが、筑紫も同じ)は、坂口を含めて10万人の漁民家族を養ってきた、また、最も貝塚遺跡も出土する、世界一のカナン人の地なのです。 マヤ文明も同じセイバル(清原、セイはシーで海、バルは火霊、国宝江田船山古墳の地名、清少納言の本名)と呼ばれますが、海から離れてしまいました。 また、邪馬台国などにより、勢力は衰え、今の人吉球磨を都として、高千穂、曽於周辺まで南下するのですが、その熊襲の聖山であります韓国岳のカラは、後世の日本から習って名がついた、海とはあまり関係がなかった韓国人の方々ではなく、カラは、カナの事で、世界の海を渡っていた、海の鳥族(金烏、カナガラス、黄金のコンドル)、皆さん方のご先祖様という事です。 黙示録で、ユダヤのアーク(三種神器の斑鳩(ケルビム)の箱、神輿)が紐解かれる時、ラッパが吹き鳴らされる写真と、韓国岳で修験者が吹く法螺貝(インカでも同じ)と、ユダヤ教との比較の写真は、お借りしています。

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