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ヤハウェという不確な神の名の謎

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ラムセスのピラミッド玄室に描かれた、当時の北極星である龍座アルファ一星ツワン。 天の川(川辺、河部)に消えたこの星を呼び戻す祭祀は、石舞台での天水を呼ぶ雨宮でした。 それで、干らす津留(北斗七星)と共に、北極星は柄杓星と呼ばれていました。 ところで、ヤハウェという神の呼び名は、実は、不確なものですが、日本人(ワ)がヤーと呼んでいた四化(海が荒れるシケ(時化)と同じ意味、荒霊、時空化)だと思われます。 実際に、ヤーを示す天草矢岳の石舞台は、天水を呼ぶ雨宮で、これはシケ(時空化、磁化、お千葉)という事です。 また、ツワンを示すツワ岳と、白神を示す白岳を合わせて三山です。 ヤハウェは、四と、言化の謎があるそうですが、迦那安(フェニキア)語も迦那(日本)語も同じという事です。 また四は、四霊四魂の熊手(ヨシテ)でもあります。 津波(天水)を治める津四は、後世に祇園と成ります。 それで、天水町を登った拝ヶ石巨石群には、北極星(ヤー)が刻まれ、北極星が長い間、天の川に消えたため、天ヶ庄(アンマガショウ)の川を渡って岩戸山に登っていたのです。 また、ヤマト町は、幣立神宮で知られますが、矢部地区の八朔祭など、世界的に知られます。 オリンピック委員長の山下泰裕氏は矢部出身ですが、実家の蜜柑収穫の時は、コンテナを運ぶ力仕事は、矢部の方々にお世話になっておりました。 何か遺伝的なものがあるのかも知れません。 矢部(辺)とは、ヤーのグループ、すなわちヘブライ語でヤウマト(神民)ですから、ヤマト町矢部という地名はしっくりくるのです。 また、鰐瀬から矢部までは、古代石工の技術が継承された、日本で最も古い石橋が村々に連なります。 写真は、矢部の八朔祭と、娘のピアノのデュエットでご縁があった布田さんのご先祖が、水不足で飢餓にあった村を救うため、私財を投じ水を通した、矢部の通潤橋です。 古代の石工の工法が布石工法で、トンカラリンやピラミッドなど繋がるため、お名も意味深です。 矢岳巨石群の石舞台の側面は、拝ヶ石巨石群の亀石と同じ形で、北極星の水瓶(龍座ツワン→龍宮の亀)を示しています。




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