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ホメク~生命の木はホ(帆、火)かけて淡路を進みます

  • yamato-567
  • 2020年8月28日
  • 読了時間: 2分

ホーホミはホメクなホー、とは、湿気がまとわりつく暑さを表現した、古い熊本弁です。

ホばかりです。

熊本の藤崎宮の秋大祭も、本来は、ホとホを合わせるボボシタ祭りなのですが、下品だとおっしゃる方もおいでです。

ところが、縦の祖先と横の社会の十字の人である木、生命の木である人から放たれるホ(火)は、妻として、私に寄り沿うものです。

それは、逆さに置き換えますと、実の私が、火(ホ妻)ではなく、火の元という事でもあります。

日本という国名でもあります。

この理解が簡単でないのは、火妻を捕らえるのは理解ですが、火の元は、理解では捕らえられない何かという事です。

たとえ霊でありましても、これは何々だと、指し示す事ができますが、火の元は、これが何々と指し示す事ができない、便宜上、何々でないという否定(バッテン)でしか申せない何かです。

それで、捕らえる事、理解に長けられた皆さんには、神道は、奥の細道であるのだと察しいたします。

ところで、言開らき(嗚言→成事)の言霊は、お息に火かけて進み(すぅずぅう→うちゅう、イクムスビ△▽)、ア行からワ行までを磯辺(五十)に辺降り、淡と固めます。

それが淡であって、水そのものでない淡路の気づきが、細道です。

それには、火(ホ妻)を知らないという素直さが、道案内いたします。

写真は、帆かけて進む船が刻まれた、宇城の不知火の桂原遺跡と、今も現役の、不知火海の葦北のうたせ船です。


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