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カナチ(ヒラヱプラの末裔)の口伝。

  • yamato-567
  • 2020年9月12日
  • 読了時間: 3分

猿田彦が、インドと深い関わりがあるのなら、ヒンドゥー教では、左手は不浄であるのに、神道では、柏手など、左手に右手を添えるのはなぜなのかという問ですが・・・。 暮らしの衛生上でみますと、分けたほうが都合が良いという事でもありますが、ところが、異なる暮らしの、イスラム教でもキリスト教でも、左手は不浄な手(悪魔)とされています。 それは、日本という国名のように、日本の権威者(公、亀巳、祭司)は、まつり事(海幸彦山幸彦の真釣り竿、祭事△▽○と政治△▽□)を、日が当たり影が足れる日足り手(左手)の、日の本の方角からみているからです。 ところが、司祭となりますと、真釣り合わせ(平等)よりも、司(支配)が優先され、身際(保身、右手)となるのです。 ですから、司祭の宗教は、必ず勢力を誇り、伝道合戦の、勢力争いとなります。 ところで、聖書では、聖書学者の方々が、意味不明だと避けておられる話ですが、ノアが、ノアの裸を恥ずかしいとも思わなかった、ハム(公、松)と迦那安は呪われると嘆きましたのは、その勢力争いに、カナンが苦しめられるからです。 裸が恥ずかしくなかった、アダムとエバのエデン(斎園殿)に戻った(蘇った)ハムとカナンを、決して、呪いたいわけではなかったのです。 ところで、聖書では、実は、日本の神道が記されています。 アダム(男性)の肋骨(息をする所)からイブ(女性)が生まれたという創世記です。 聖書は、アブラハムとモーセが目指した、迦那安(ウガヤ、フキア、籠目出たしのお伽話の伝承)人のウガリ神話が影響していますので、当然であります。 また、日本語では、当たり前過ぎる話ではありますが、例えば、す声の息長からう声が生まれるわけです。 ですから、日本の神伝では、男性(左手)から女性(右手)に声かけするように、やり直しがあるわけです。 また、左手(日足り手)を意味する高御産巣日は高が付き、大臣も左が高位です。 逆に子は、女性(身際、ウズメ、妺神(す→う)、角神(角を隠すという誤解もあります))から生まれます。 その言霊の仕組みは、日本語が理解できないとわかりませんので、仕方のない事ではありますが、アダム(子音)の助骨(息長、翁)からイブ(母音)が生まれたという本意を誤解し、女性差別に利用された教えの解釈は、正さねばなりません。 その正義ではない正しい至誠が、籠目出たしの道を、まだ正月には早いのですが、明けましておめでとうと明かします。 写真は、子供の頃は、芳山の猿統ベり(金峰山神社への道案内の参道)をかけ登っていました、本日事解(ことさか、坂口成事(出鳴言、イナリ)が文章で事(言祝、福音、音秘め、琴)を多く使う意味)をいたしました花坂の、出水店正面の熊野宮です。 熊は、ムスんでヒラいてでもある、超古代の日本人の斎島の、比日仁育を一字で示しています。 熊野宮以外の熊本各地の猿田彦石の写真は、お借りしています。










 
 
 

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