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むべ山風を嵐といふらむ

yamato-567

夏目漱石が、芳山から小天の那古井までの出来事を描いた草枕は、五高(熊本大学)と済々黌中(高校)の教師をしながら、当時の世界情勢を、小天(大海)の片田舎まで、聞き通って来ていた背景があります。 そして草は忍の事で、枕は死を暗示します。 その事から、アジア支配の本拠地である英国ロンドンへの留学が、いろんな意味で、決意のいるものであった事がうかがえます。 他にも、阿蘇登山に挑戦した実話を小説とした、二百十日(台風の隠語)など、嵐が吹き荒れる背景を感じます。 いずれも、枕草子の、野分けのまたの日こそ、、、の一文が、私には蘇るのですが、時を隔て繰り返される人の世の嵐が、漱石には、見えていたのかも知れません。 ところで、清少納言の父、清原元輔は、アジアの嵐から日本を守り抜いた、日本に帰ってきた大海人である、天武天皇の子孫です。 彼もまた芳山を越えて、歌詠みの修行に通っていますが、この時代も、アジアでの世界情勢は、嵐が吹き荒れていたのかも知れません。 吹くからに 秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ 古今集 文屋康秀 枕草子の中に出てくる、古今の歌です。 父元輔が、古今の修行をしていましたので、歌の暗示が、漏れ伝えられていたかも知れません。 山と風で嵐(荒らし)というかけ言葉とは別に、古今の歌には、多くの暗示が秘められています。 吹くからのからには神日である日本と、唐、韓という、アジアの暗示があります。 また、作者の恋人といわれる小野小町は、幼少時代を、芳山を一つ山を越えた所で過ごしています。 縁とは不思議ですね。 写真は、清原元輔の、鼓ヶ滝の断崖絶壁での、決死の歌詠みの修行の様子です。



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