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赤穂浪士と日本人の心

  • yamato-567
  • 2020年12月17日
  • 読了時間: 1分

582年創建の山鹿の日輪寺には、赤穂浪士の遺髪供養塔があります。

細川家は、藩主網利公自ら義士の引き受けにいこうとしましたが、それでは、細川家がお咎めを受けるとして、家老が必死に止め、かわりに家老が875名の家来を連れて、大石内蔵助以下十七名の義士を引き受けに行きました。

藩邸では、あまりにも厚待遇の預りであったため、義士の方々から、料理を減らしてもらえるように頼まれたそうです。

そのエピソードに、日本人とはと考えさせられます。

年に数回お供えの花のご依頼を受けお届けに参りますが、縄文の忍がいたこの地に、孫子兵法、山鹿流の陣太鼓を打ち鳴らす音が響き渡ります。



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