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誠を見抜く力

  • yamato-567
  • 2021年2月13日
  • 読了時間: 1分

先ほど、配達中の車のラジオで、国会中継を聞いておりました。

国民の代表の国会の議論の場が、このまま、誠なき場でよいのかと、今の自らの力の足りなさが悔しく、悲しくなりました。

ところで、落ち葉は、木から落ち、その葉は分解され、再び木の栄養となって、木(家)に戻って参ります。

それは、八力(動静引弛凝解分合)が働いているからです。

言霊(ゲン)と鳴る言葉(九十八)も、現象(ゲン)と成る事場(九十八)も、家(生命の木、八戸、宿)から出て、家に帰ります。

その仕組みを数霊で示しますと、八九九十十八八八です。

なぜ、言葉事場ではなく、ヤココトトババヤ(多婆名)なのかは、言葉と事場は、誡である何かの中主にとって、同じものだからです。

ですから、琴平(コト開き)の、言葉の王(意志)、事場の王(行儀)が真釣り合わせた姿が真コト(誠)であり、その居ま(今)す何かに、葉と場の区別はありませんので、バがないマコト(八八九九十十)となります。

また、真が八八でありますのは実家だからです。

その家(生命の木)から八真八(破魔矢)は放たれ、木はホ(秀真)と分けています。

難しい話となりましたが、要は、私たち有権者が、誠を見抜く力をつけますと、国会での言葉も事場も変わるという、お伽木話です。

写真は、肥州高野山の、八大龍王の祈りの石碑です。


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