私たちの祖先の精神力
- yamato-567
- 2020年11月25日
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当たり前の事ですが、今の日本では、当たり前ではないため、わざわざ申し上げますが、国家としての、すべてに優先される第一義は、国民の生命を守る事です。
隣人愛でも憲法でもありません。
その視点で、国家間の戦争の歴史を考察いたしますと、慶長の役での超大国の明軍も、歴史上最強の元軍も、ベトナム戦争でのアメリカ軍も、敗れている不思議があります。
その背景には、逃げるのが得意で、軍律に従わず、略奪行為を重ねる、いつも同じ国が味方にいました。
超大国でない日本にとりまして、その信用のない国を味方につけるとなりますと、国力、軍事力を削がれ、敗戦国となり、それは即、先の大戦でもそうでしたが、国家存亡の危機となる確率が高いという事です。
そして、現代の戦争は、なにも軍事面だけでなく、政治や経済も、戦争と申せるのかも知れません。
信用のないものたちを、安易に、数合わせにするべきではありません。
今宵は、慶長の役での一場面を取り上げてみます。
草を食み
組み伏し友に
長槍(やり)投げて
枕は枕の 蔚山の城
慶長の役での話です。
古代日本の、蔚山倭城の改築途中で、加藤清正だけに狙いを絞り、本隊を差し向けた明・朝鮮連合軍に、蔚山倭城は包囲されました。
清正は、他の城の築城の手配で出向いていたおりではありましたが、味方の危機に救援に向かい、見事、囲みを外から突破し、城に入城します。
ところが、五倍以上の敵に囲まれ、城も未完成で、水、食料もなく、苦しい籠城を強いられます。
草を食べ、力尽きて敵に組み伏せられた友を助けるために、幾度となく、清正の命綱でもある長槍を、敵に投げつけます。
結果としましては、眠る事は死を意味する、守る盾柵も壕もなき、裸の長き籠城戦で、敵は、逆に2万~3万の戦死者を出し、敗走したのです。
明の敗因は、一早く逃走したものたちにあったと考えています。
それにしましても、私たちの祖先は、なんという精神力だったのでしょう。

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