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破壊されるもの、死を注目する機会

子供の頃怖い夢を見て、目を覚ました体験がおありでしょうか。

私は幼少の頃、よく祖母がお伽噺を聞かせてくれましたが、怖い話が多く、後になって、なぜに怖い話なのかと疑問に思っていたのです。

目出たし、愛でたしというのであれば、もっと優しく、ほんわかと終わりたいものだと思っていました。

私たちは、破壊されるものより、創造されるものが好きです。

死よりも生が好きです。

そうでありますので、シヴァ(破壊神)として四葉(四神、芝)刈りされる事に恐怖をおぼえるのです。

実際は、破壊がなければ創造はありえません。

その偏りのある眠りの目覚ましとなるのがお伽噺です。

ところで、通夜の時の目覚まし、夜伽は、お伽噺の意図するものと同じで、破壊されるもの、死を注目する機会だと思います。

写真は、お殿様に、お伽噺をする事が仕事でありました、岩戸山の宮本武蔵が描いた世界です。

百舌鳥(もず)は、生け贄のように獲物を枝に差す、恐ろしく残酷に見える鳥です。

その恐ろしさ、怖さに、真剣な生の、孤高な姿があるのではないでしょうか。



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