お陽さまに当たれば、淡路と固まっていた氷は溶けて参ります。 溶け出した火と水(淡→火と水)は、津となり、私の人生に技合いとしてかぶります。 現れた水は、再び拾わなければ消えて逝きます。 ただ、火は、見えないだけに再び拾ってしまうのです。 どういう事かと申しますと、物質的執着に諦めがつきましても、精神的執着を手放しになるのは大変だからです。 多くの方々は、精神的天国と献身献金とを交換条件に、教祖に隷属なされておいでなのです。 そこは天国という六道輪廻でしかありません。 そこで、魂はどこかで気づいていて、最後の挑戦として、熊本まで来る体力が湧いて来られて、坂口に会いに来られましても、私は、ようやく掴んでおられる浮き輪(精神的支え)を取り上げ、泳ぎなさい、飛ぶ鳥と成りなさいと、厳しい事を申さねばなりません。 この先、再び生まれておいでのご機会も、教祖の弟子や信者となられるご機会もあられるのかも知れませんが、挑戦に出会いになる事は、最も困難な有り難しです。 何に挑戦する時なのかは、毎日の投稿をお読みくださいませ。
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