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常世の無限ループ

yamato-567

橘は 実さへ 花さへ その葉さへ 技に霜降れど いや常葉の木

万葉集 聖武天皇

さつきまつ 花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする

古今集 詠み人知らず

蚕さまの作業用の籠を、そうけ(しょうけ)籠と申すのですが、河内町では、蜜柑作業用の籠も、しょうけ籠と申しております。

祖父は、安価で、しかも軽くなったビニール製や布製の、収穫時の肩掛け袋を使わずに、しょうけ籠で、蜜柑の収穫をしていました。

父は、モノレールで運ぶ時代に、天秤棒で、しょうけ籠をいなって(担いで)いました。

それは、古代の日本人が、蜜柑と同じ種の橘が、常世(豊)の実として、しょううけ(精霊の宇気比)、父と子と聖霊の三津(密、蜜)の祭祀に、使われていたからです。

それは、黙示録にもあります四邪馬(一年で最も陽が短く暗い12月18日から冬至までの四日間)から、その後のクリスマスまでの陽の復活の三日間の事で、バベルの塔(出雲大社)での日本人の、常世からの黄泉がえり(蘇り)の祭祀でした。

父は、河内町の聖ヶ塔病院で亡くなりましたが、聖ヶ塔が暗示しますのは、バベルの塔です。

また、聖は、天皇の事ですが、聞くもの(耳)と話すもの(口)が同じである道理を知る斎国殿(エデン)の王という事です。

それは、神の申し示すと、私の申すが同じである、申シ申シが繋がる亀の字で暗示されるわけです。

そのお亀(拝め)が、おかめと成り、天皇は、おかみと成ったと伝わります。

河内芳野の拝ヶ石を意約いたしますと、天皇の意志という事になります。

もう一つ、常世の葉は、麻です。

今の球磨川の坂本村は、百済来村と求麻村でした。

麻の芒は、常世の無限ループとなります。

ところで、伊勢と橘紋は深い繋がりがあるのですが、古伊勢の籠神社が、阿蘇の海でありますのも、常世(豊)の黄泉がえり(蘇り)の暗示があります。

写真は、やはり、無限ループの形であります、拝ヶ石の亀石です。



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