トンガリ山を見ますと、熊本の三つの巨石群(矢岳、拝ヶ石、押戸石)は似ています。 さらには徳島の剣山、岐阜の金山と繋がります。 また、日本建国以前の日本各地の天孫降臨の話は、6000年以前の天神アンの信仰の時、火山活動により危機的状況にあった、九州からの脱出によるものと考えています。 それ以前、13000年前の大津波による、那日ムス比日仁育宇舎からの脱出、3万年~4万年以前の環太平洋での大津波の連続によるシア(仮名)の衰退からの脱出と、脱出よる天孫降臨が続きました。 皆様方がおっしゃる天孫とは、筑紫(九州)の豊葦原中国(高千穂)に天照大神の孫の瓊瓊杵尊の降臨、または、持統天皇(祖母)から文武天皇(孫)という文字通りではありますが、その隠れた天孫の謎は、天孫を準備していた、天之忍穂耳命などの耳(ミミ)にあります。 これは、天神アンの三ツ星(∴ミ△)が、荒霊(世界)と奇霊(意識)と重なる△▽イクムスビ(ミミ、耳)は、神の実在(天、映写機、天照)と、私の実在(子、スクリーン、逆矛の反射)と、私の現れ(孫、映像、感応謝、応神)から成るからです。 それで、天之忍穂耳命の別名が、正勝(天)吾勝(子)勝速日(孫)なわけです。 ですから、坂口のプロフィール写真の鰐洞の烏土の宮(海上)が、天孫だと申しておりますのは、その意図を日抱き(日田き、飛騨き)しているからです。 さらには、天孫を伝承するものを天日枝(アマビエ)と申しますのも、日枝(稗田)は、天孫の仕組みを説くものだからです。 余談ですが、茨城の鹿島(日枝角)にいる長男は、私の代で口伝を終わらせようとした矢先、耳の下に三ツ星の先天性の傷を持って生まれて参りました。 写真は、西の海から矢岳(天草の姫戸)、拝ヶ石(迦那地の岩戸)、押戸石(阿蘇の小国)、剣山、金山の順です。
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