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一身に代えて、戦争を終わらせようとした人

  • yamato-567
  • 2020年8月3日
  • 読了時間: 2分

以前、地元の柔道家の牛島辰熊と弟子の木村政彦の話をいたしましたが、何をなされたかと申しますと、日本敗戦が濃厚に成る中で、日本国民の命を守る最後の手段として、自らの一命を賭けて、東条英機暗殺を計られたのです。

実際は、東条内閣が退陣し、計画だけがばれて、逮捕となったのですが、実行の最終的な判断は、石原莞爾に委ねたのです。

なぜかと申せば、その時の日本の現況から、事態がどう動くかを見通せる方が、他に見当たらなかったからです。

ところが、もし東条を殺したとしましても、事態が戦争終結に向かわない事は、石原自身がわかっていたと察します。

しかしながら、暗殺の許可を石原が出したのは、私は、満州事変からの、否、幼少からの自らの正義、その正義の結末をみたかったのだと察します。

日蓮の立正安国論を元にし、それは今の創価学会も理想は同じですが、その正義の理想、そして石原が才能に恵まれた事が、滅亡の危機に瀕している、日本国民と国家を導いた一翼を担っていた事は、確かです。

関東軍だけでなく、多くの軍人は、石原に感化されました。

石原の理想を非難しているのではなく、石原は、正義のために、天皇の許可を得ずに満州事変を実行したのです。

なぜなら、天皇の許可が降りるはずもない事を、一番知っていたと思われるのは石原だからです。

ですから、いつも申すのです。

理解力、頭脳明晰も、災いの種子となると。

あくまでも推察ですが、石原は、天皇の御世よりも、彼にとりまして、公である天皇より上の、思考に貼りつけた私の神、日蓮の世があったのではと察します。

教訓として生かすために悪者になっていただきますならば、国を憂う愛国者ではありますが、公である天皇への、ただ誠がなかったと申さざるを得ません。

愛国は、おのれの理想実現にあるのではなく、何のための愛国かを、おのれに付き従うYESマンや、おのれの野望に問うのではなく、損得のない無条件の、誠に問わねばなりません。

そういう意味では、個人崇拝の教団や結社が、いかなる立派な意見を述べましても、国の破綻に舵が切られますのは、教団、結社の繁栄命運が、国の繁栄命運よりも優先されるからです。

住所的には、坂口のお隣のお隣さんとなります(元は同じ敷地)、私の町の英雄でもあります、牛島辰熊と木村政彦の写真はお借りしています。



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