肉体があるという事は、ほんとうに有り難い事です。 実は、肉体がない世界での交流は、肉体がある世界と異なるものです。 肉体というプロテクターが無く、想いがむき出しになった、同じ想いが集まる世界では、想いの転換は難しく、例えば、人を殺めたいのなら、殺め合う状況が延々と繰り返されます。 また、正義の主張にかくれた想いは憎しみです。 その状況打破は、自らが自分と分けて失った自分を詰め直す挑戦です。 それを幸霊△▽□玉詰め結びと申します。 ところが、霊人がまったくチャンスを失っているわけではなく、肉体を持っている縁者を代表者として、僅かな一歩でもチャンスはあるわけです。 賽の河原で、霊人のために石を積む、天神アンの理解を積む(安積)も玉詰め結びです。 産土神を頼りに生まれ出たあなたのお土産が、縁者に最も期待されているものです。 その霊的環境の改善が、あなたが生まれてこられた一つの使命でもあります。 日本(ヤマト)の使命は、その霊的環境改善を、社会環境の改善と一緒に取り組む事です。 霊的にしろ物的にしろ、その波の循環は一蓮托生であり、どちらかが欠けましても、どちらの環境も悪くなります。 さらには、日本(ヤマト)の天命は、環境という波さえも超える事です。 あなたの実在が海であるという気づきが、波を超えます。 なぜなら、波は海がなければ存在できませんが、海は波がなくとも存在するからです。 私は、祖母に手を引かれて参った幼き時、まだ夜明け前の薄暗い岩戸山で、五百羅漢を観ました時に、喜怒哀楽の波が凪(那木)になった海を観ました。 写真は、岩戸山の五百羅漢とエジプトのホルス(隼炎神、隼人、海幸霊彦)の目です。 ホルスの目は、玉詰め結びの解説でもあります。 もう一つの写真は、幼き時に迷い込んだ、球磨の母の実家近くの草津山天子宮です。

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