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阿吽

  • yamato-567
  • 2021年2月13日
  • 読了時間: 2分

あおうえいん、の、日本語の母音は、音を閉める、息苦しさの先端(芒)です。

自らの息の歴史を、紐解く鍵でもあります。

そして、息は、阿吽(アォウェィン)の間でもあります。

阿吽の、アヤとウマシアシカビの息のむすび、△▽イクムスビの中に、アうンとして力(う声)が働き、う声が言延びて、宇宙が、誕生消滅しているのです。

そして阿(アー)と丸く張り詰めた球体が、タァカァアァマァハァラァと現れたのが宇宙という事です。

人も魂として、縄文螺旋回転の玉の緒を外してみますと、球体としての魂の雛形という事なのです。

このア声のおかげで、あくまでも神影としてですが、球体というものが存在いたします。

ただ、カァミィとしての神のァは、形なき形、設計図(オノゴロ)という事です。

ここで、対称性の夕声も、螺旋回転の現れのラ声も、時間的な差はないのですが、夕声を、代表として使っていますので、対と分けた、二つの角を持つ、牛で象徴される事に成っています。

それで、阿吽の吽には、口の言霊と、牛という字の暗示があるのだと考えます。

ところで、聖書の中に、はじめに言葉ありき、言葉はすなわち神なりき、と、キリスト教の神学と相容れない記述がありますが、これまでの投稿をお読みいただけますと、得心の糸口にはなられると思います。

また、私は、初めであり終わりである、という聖書の言葉も、神道で説明がつきます。

それは、言延びである言葉の範疇を超えるものという事です。

あなた様は、頭が良い、否、馬鹿だ、または、金持ちだ、否、貧乏だ、生きている、否、死んでいる、始めだ、否、終わりだという、全ての表現の範疇を超えた何かという事です。



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