行動
- yamato-567
- 2021年2月13日
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国防を担う志の、自衛隊員の方々でさえ、市ヶ谷での三島由紀夫の訴えに、聞く耳を持つ方はおられませんでした。
否、遠くからヤジは飛ばしても、強く反論する覚悟のものもいなかったと、申すべきかも知れません。
私は、たとえ三島の訴えに同意できなくとも、三島の覚悟に、覚悟で向きあうものがいればと、当時の三島の、はかり知れない胸中を察します。
覚悟を見せるとは、自らの身を切るという事です。
隣国の政治家の姿勢のように、自らの身を守るために、仕返しができない相手に、強く出ている卑怯な姿勢ではありません。
今、日本の政治家をみます時に、自らのしがらみ、その身を、しがらみのない国民のために切れるかどうかを、注視せねばなりません。
それができない政治家を、国民が選択する国でありますならば、隣国の国体となんの変わりはありません。
ところで、選挙も目前です。
党からも除名され、企業献金も受けれない程の行動を示す、既製の政治家が皆無ならば、新たに、政党をつくらねばなりません。
難題は山積みですが、大変な痛みを伴う政治革命の手術に踏み切るのか、終わる事のない痛みを、子々孫々に先延ばしにするのかのどうかのそれは、私たち国民の決断にあります。
行動の二文字は、三島由紀夫が、市ヶ谷へ向かう折に、熊本の神風連桜山神社に遺したものです。

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